『隠居すごろく』を読んで
『隠居すごろく』を読んだ。
作者は西條奈加。
なんの前知識もなく読み始めたのだが、
これがとても面白かった。
江戸時代の町人の暮らしを舞台にした、
あたたかな人情小説である。
物語の主人公は、商いを子に譲り、隠居した徳兵衛。
六十歳、還暦を迎え、これからは静かに暮らそうとしていた。
ところが、孫の千代太に振り回されるうちに、
さまざまな人々と関わり、思いがけない出来事に出会っていく。
江戸の商家だけでなく、
貧しい長屋に暮らす親子や、芝居小屋の狂言作家など、
多彩な人間模様が描かれていて、読み飽きることがない。
穏やかな余生のはずが、
まるですごろくのように、先の見えない展開が続いていく——
そんな物語だ。
徳兵衛が還暦と聞いて、少し感慨深い。
ちょうど私と同じ年齢だからだ。
一昔前であれば、
なるほど隠居して悠々自適に暮らす年頃だったのだろう。
けれど現代では、少し様子が違う。
八十代でも元気に活動し、人生を楽しんでいる方が多い。
そう考えると、六十代はまだまだ途中なのかもしれない。
もし、これからも元気に長く生きていきたいと思うなら、
六十で立ち止まってはいられない。
けれど一方で、
徳兵衛のように、思いがけず楽しい出来事に出会いながら、
新しい時間を重ねていくのも悪くない。
還暦も、捨てたものではないと思える。
この小説のもうひとつの魅力は、
時代がかった言葉づかいだ。
「あっしが返してきやすよ」
「そんなことわかってらあ」
そんな活きのいい若者の言葉や、
「どうにも物寂しくなっちまって」
といった、どこかはすっぱな女性の言い回し。
登場人物によって言葉が使い分けられ、
まるで目の前で人々が生きているかのように感じられる。
その言葉のリズムに引き込まれて、
いつのまにか江戸の町の中にいるような気分になった。
人生も、言葉も、
少し予想外なくらいが、ちょうどいいのかもしれない。
六十からのすごろく。
どんなマスに止まるのか、少し楽しみになってきた。
今日のWord Note
還暦(かんれき/kanreki)
60歳のこと。生まれた年の干支(えと)に戻ることから
英語では60th birthday / the traditional 60-year milestone in Japan
「還暦」は、ひとつの区切りでありながら、
同時に「もう一度はじまる」という意味も持っている。
そう思うと、
これからの時間も、少し軽やかに歩いていけそうな気がする。
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